高松港の歴史は古く、天正16年(1588年)に、藩主生駒親正が日本三大水城と言われる高松城を築き、同時に内町港を築造したことから始まり、当時から藩の御用船、商船、漁船等各種の船が出入りし賑わった。高松港は、県東部に位置し、四国と本州を結ぶ海陸交通の要衝として重要な位置を占め、古くから対本州及び離島を含めた地域の人流、物流の拠点や、地域開発の中核として重要な役割を果たし、商港、観光港、工業港として機能し総合港湾として、四国の中核管理都市高松とともに発展を続けてきた。大正11年から昭和3年に大改修工事が行われ、現在の玉藻地区の原型が整えられた。明治36年には中国、阪神と高松港を結ぶ定期航路が開設され、明治43年には、宇野〜高松間の鉄道連絡船が就航し、本州との交流が活発化するにつれ、高松港は四国の玄関としての基礎を固めていきた。戦後は経済の進展と輸送形態の変化に伴い海上輸送の活発化、船舶の急増と大型化、フェリー化等が顕著となり、これと合わせた臨海産業用地等への需要も高まり積極的に港湾開発が推進された。その後、玉藻地区では、宇高連絡船岸壁、宇野・離島向けフェリー岸壁等が整備され、合わせて、泊地の拡張、増深工事も実施され、連絡船、フェリー、旅客船等の発着が集中する高松港の中心地区が整備された。また、朝日地区においては、昭和25年から現在までに約170haの土地を造成し、初期に造成した約80haは臨海工業用地として本県で初めて県外企業も誘致するなど企業立地も進み、工業港区を形成、一方、中期以降に造成された約90haは-10m岸壁2バースをはじめ、-7.5m岸壁8バース、-5.5m岸壁3バース、-4.5m岸壁3バースの他、阪神向けフェリー岸壁1バースを有する本港最大の商港ふ頭として整備され、平成9年6月、本県初の「国際コンテナ定期航路」として、「高松港〜釜山港航路」が開設されるなど、本港の物流の中心となって発展を続けています。
香川県土木部港湾課:087-822-3549
高松港には、国内最大豪華客船飛鳥U・にっぽん丸・ふじ丸・ぱしふぃっくびーなす・などの大型客船がクルーズ寄港しています。瀬戸内海沿岸や四国沿岸などを訪れるクルーズ客船も年々増える傾向にあり、域内外との交流活動などが盛んに行われています。大型客船寄港に向けた誘致活動なども推進され、地域の特性を生かした地域振興や発展を目指し、瀬戸内海沿岸などの新たな観光交流空間などの推進に向けた取り組みなども目指しています。また、高松港へのクルーズ入港時には、地域住民との触れ合いを目的とした歓迎セレモニーの設定や歓迎イベンなどを開催し、域内外との交流を深めており、市民などからも支持され発展を目指しています。
高松市役所観光交流課:087-839-2416/p>
【高松〜小豆島(土庄:とのしょう)フェリー航路】
小豆島の玄関土庄港へ1日15便
四国フェリー(株)
高松のりば:087-822-4383
土庄のりば:0879-62-0875
【高松〜小豆島(土庄) 高速艇航路】
小豆島の玄関土庄港へ1日15便
「スーパーマリン」運航便(所要時間 約30分)
「ひ か り」運航便(所要時間 約35分)
サンポート高松:087-821-9436
土庄港:0879-62-0875
【高松〜宇野(岡山)フェリー航路】
四国フェリー(株)
高松のりば:087-851-0131
宇野のりば:0863-31-4244
内海フェリー【小豆島草壁港と高松港航路】
フェリー「ブルーライン」と高速艇「サン・オリーブシー」
で、毎日41往復運航
内海フェリー(株):0879-82-1080
高松港では、中国・東南アジアにおける県内企業の生産活動等が活発化し、国際コンテナ貨物取扱量は急成長しています。高松港朝日地区に船舶の大型化、物流の高度化、大規模地震時の防災拠点確保のため、3万トン級貨物船が着岸できる耐震強化岸壁の建設を推進していきます。
大型船舶の喫水調整、中型船舶での非効率な輸送形態、企業の需要動向に対応したバルク貨物(包装せずに積み込まれる貨物)等の安定的かつ輸送を確保するために、国際物流ターミナルの整備等を行います。
既存施設の土地利用再編により物流の効率化を図ります。現行のコンテナターミナルに隣接し、現在原木を取り扱っている岸壁(-10m)をコンテナ取扱施設に機能転換します。 岸壁(-12m)を耐震強化岸壁にすることで、震災時の緊急物資を海上輸送で直接被災地域へと搬入することが可能となります。
香川県土木部港湾課:087-822-3549
高松市内には、房前漁港・高尻漁港・篠尾漁港・鎌野漁港・竹居漁港・江の浜漁港・庵治漁港・浦生漁港・男木漁港・西浦漁港・高松漁港・亀水漁港があり、地元漁業者で組織する漁業組合も9漁協あり、活発な漁業活動している。沿岸漁業や養殖漁業が盛んな漁協は、高松市の特産品の参出や市民の食生活などを支え、地域産業の役割などを担っています。
高松市役所農林水産課:087-839-2422
屋島漁業協同組合:087-841-9641
高松市東部漁業協同組合:087-821-4155
高松市瀬戸内漁業協同組合:087-851-2273
香西漁業協同組合:087-881-2267
下笠居漁業協同組合:087-881-3292
女木島漁業協同組合:087-873-0204
男木島漁業協同組合:087-873-0504
庵治漁業協同組合:087-871-4131
牟礼漁業協同組合:087-845-1403/p>
高松漁港に隣接する高松市中央卸売市場は、昭和42年3月、市民生活に密着した生鮮食料品等の適正な価格形成と安定的供給を図るため、青果物・水産物およびこれらの加工品など生鮮食料品の流通拠点として、全国で25番目の中央卸売市場として開業されました。平成22年度からは市場の一般開放日も設けています。積極的な市場見学も受け入れ、特別開放日は9、11、2月の第4土曜に行っています。23年10月にはたかまつ市場フェスタ2011も開催され、市民と繋がった市場へと発展しています。
高松市中央卸売市場:087-862-3411
庵治漁協では、「活き活き日曜市」を開催、捕れたての魚貝が市価より2〜3割安く買えるとあって、開店からわずか15分ほどで売り切れるほどの人気ぶり、イイダコが勢いよく泳ぎ、エビや魚も跳ね回っています。
開催日:毎週日曜日8時〜9時半(売り切れ次第終了)
庵治漁業協同組合:087-871-4131
瀬戸内に春の訪れを告げるイカナゴ漁は、高松市の庵治、西浜両地区周辺が漁獲量の大半を占め、県内一の漁獲量があります。漁は例年、西浜が1月、庵治は2月から始まり、最盛期は幼魚の「シンコ」が捕れる3〜4月。親魚の「フルセ」より高値で取引されるため、どれだけシンコが捕れるかがカギを握る。フルセは体長7cmほどあり、釘煮の原料となります。初物のイカナゴは、さっそく水産加工場に運ばれ、釜揚げにされます。庵治町内に数軒ある加工場や日曜市で釜揚げが販売され、6月まで続けられます。
庵治漁業協同組合:087-871-4131
香川県は、日本で初めてハマチの養殖に成功し全国のハマチ養殖発祥地として知られています。ハマチ・カンパチ・マダイ・トラフグ・ヒラマサ・ヒラメ・クロダイ・メバル・スズキ・マアジ・クロソイ・シマアジ・マサバ・カキ・ノリなど多くの魚介類が養殖されています。また、香川県水産試験場と香川県栽培漁業センターに隣接した、屋島栽培漁業センターでは、マアジ・マナガツオ・キス・ハギ類・キュウセン・マアナゴ・アカガイ等の培養が22種類に達しています。
香川県かん水養殖漁業協同組合:087-825-0351
ポリフェノール成分が食材を長持ちさせる事例を参考に、ポリフェノールを多分に含むオリーブの葉を餌に混ぜることを考案。オリーブ葉入り飼料を与え、ハマチの成長を確認する試験を実施。庵治地区嶋野氏の協力の下、養殖ハマチ約6,000尾を用いてオリーブ葉の添加試験が行われ、大成功。平成20年度には、飼料への適正添加量試験、効能の持続試験等が行われ、県、関係団体、生産者が一丸となった技術開発を実施した。特産オリーブハマチは、香川県特産のオリーブの「葉」の粉末を添加したエサ(モイストペレット)を2週間以上与えた養殖ハマチのことをいいます。オリーブの葉粉末を添加したエサでハマチを飼育すると、酸化・変色しにくい肉質へ改善され、さっぱりとした味わいが得られます。
香川県かん水養殖漁業協同組合:087-825-0351
牟礼漁協では、タイ・クロソイなど魚類養殖や、カキ・ノリの養殖も行われています。10月〜3月には、かき焼き小屋が経営されており、採りたての新鮮な牡蠣が食せます。カキは海のミルクと言われ、ヨーロッパでも美味な魚貝として歴史上話題を残し、また、日本でも貝塚に見られるように歴史は古く、しかも明治の終わり頃にはアメリカに移植しているほどです。栄養面も脂肪が少なく、良質のタンパク質や冬にぐ〜んと増えるグリコーゲンを多く含み、ビタミン、ミネラルも豊富な食材です。特に亜鉛の含量が多いので、味覚障害の方に良いとされています。つまり脂肪が少ないことはヘルシーで、グリコーゲンが多いことによって疲れを癒し、ビタミン、ミネラルが元気を与えたり、体の調子を整えてくれる食べ物です。
牟礼漁業協同組合:087-845-1403
香川県は全国的にマダコの消費量が多い地域で、瀬戸内を漁場としていて、良質で大型のタコが水揚げされています。貝類をはじめ、ワタリガニやエビまど高級品を好んで食べるので、瀬戸内で取れるタコは、甘くて風味があると言われています。今も盛んな伝統的な「タコ縄漁」「タコつり漁」「底引き網漁」の漁法で収穫している。マダコは年間を通して味わえる食材ですが、特に夏から秋にかけて最盛期を迎えます。カニ、エビが豊漁の時は、マダコも豊漁になる。他に、手長ダコ、イイダコがあり、春先の手長ダコはほろ苦い、つうの味が評判。瀬戸内産のものは韓国でブランド品として高値で取引きされています。イイダコは頭に卵が入る春が一番おいしいく、おでん、煮付け、里芋と煮る「いもたこ」などに人気です。
屋島漁業協同組合:087-841-9641
高松市東部漁業協同組合:087-821-4155
高松市瀬戸内漁業協同組合:087-851-2273
香西漁業協同組合:087-881-2267
下笠居漁業協同組合:087-881-3292
女木島漁業協同組合:087-873-0204
男木島漁業協同組合:087-873-0504
庵治漁業協同組合:087-871-4131
牟礼漁業協同組合:087-845-1403
マアナゴは瀬戸内海で多く漁獲されており、水産上重要種に位置付けられています。漁獲されるアナゴはほとんどがマアナゴです。アナゴはウナギより脂分が少なく淡白です。天ぷらや寿司などで食されています。
屋島漁業協同組合:087-841-9641
高松市東部漁業協同組合:087-821-4155
高松市瀬戸内漁業協同組合:087-851-2273
香西漁業協同組合:087-881-2267
下笠居漁業協同組合:087-881-3292
女木島漁業協同組合:087-873-0204
男木島漁業協同組合:087-873-0504
庵治漁業協同組合:087-871-4131
牟礼漁業協同組合:087-845-1403
瀬戸内海の郷土食、炊き込みご飯の「ちぬ飯」はクロダイを丸ごと一匹使い、鯛素麺にはマダイが使われます。マダイは春が旬で、クロダイは秋が旬です。キスは海岸近くに生息し、高松沿岸では釣り人に人気の魚です。舟や海岸からの投げ釣りは誰でも楽しむことができる。身は脂肪が少なく柔らかい白身で、塩焼きの他、刺身、天ぷら、フライなどに調理され美味です。
屋島漁業協同組合:087-841-9641
高松市東部漁業協同組合:087-821-4155
高松市瀬戸内漁業協同組合:087-851-2273
香西漁業協同組合:087-881-2267
下笠居漁業協同組合:087-881-3292
女木島漁業協同組合:087-873-0204
男木島漁業協同組合:087-873-0504
庵治漁業協同組合:087-871-4131
牟礼漁業協同組合:087-845-1403
春告げ魚、タケノコの季節に食べられるのでタケノコメバルとも言われるメバルは、日本の広い地域の沿岸の岩礁域に多く棲息しています。旬は冬から春で、船、磯、防波堤での釣りや籠漁などで漁獲される。磯、防波堤で釣れるのは黒メバル、水深のある沖合いの船から釣れるのは赤メバル(沖メバルとも称)と呼ばれる。県内でも近年生息数が激減し幻の魚になりつつあります。高松市では、県水産試験場では栽培漁業・養殖業への活用を目指して、全国ではじめて種苗の量産に成功し、放流を実施しています。
屋島漁業協同組合:087-841-9641
高松市東部漁業協同組合:087-821-4155
高松市瀬戸内漁業協同組合:087-851-2273
香西漁業協同組合:087-881-2267
下笠居漁業協同組合:087-881-3292
女木島漁業協同組合:087-873-0204
男木島漁業協同組合:087-873-0504
庵治漁業協同組合:087-871-4131
牟礼漁業協同組合:087-845-1403
わかめ養殖(延縄式)養殖期間は11月1日〜5月31日で、収穫したワカメは生のままで出荷。一部は湯に通した後、塩を入れ塩ワカメとしたり、乾燥させて、干しワカメとして出荷する。のり養殖(浮き流し式)も行われ、乾ノリ(板ノリ)にして出荷されています。高級貝のタチガイは、備讃瀬戸海域は全国でも有数の産地です。貝柱が大きくなる12〜4月が漁期で、タチガイは、潜水夫が海底に潜り、手かぎなどを使って1つずつ獲ります。
屋島漁業協同組合:087-841-9641
高松市東部漁業協同組合:087-821-4155
高松市瀬戸内漁業協同組合:087-851-2273
香西漁業協同組合:087-881-2267
下笠居漁業協同組合:087-881-3292
女木島漁業協同組合:087-873-0204
男木島漁業協同組合:087-873-0504
庵治漁業協同組合:087-871-4131
牟礼漁業協同組合:087-845-1403
瀬戸内海気候の温暖寡雨な気象条件と技術集約型農業の展開により,多種多様で高品質な農産物が生産されています。ブロッコリーは高松市全域で栽培されています。栽培面積も年々増加し、現在は60ha、約600t生産さてています。収穫は10〜6月と長期間に渡りますが、一番美味しくなるのは霜が降りだす冬場です。ブロッコリーはビタミンCがレモンの約2倍、カロチンや鉄分なども豊富に含まれ、栄養価の高い緑黄色野菜です。
高松市役所農林水産課:087-839-2422
JA香川県中央地区営農センター:087-847-3901
春の到来を告げてくれるナバナ。高松では昔から搾油用に菜の花を栽培していましたが、食用ナバナの生産は昭和60年頃から始まり、オリジナル品種「瀬戸の春」は、苦味が適度に抑えられた食べやすさが人気です。高松市内のあちこちで栽培されています。11月〜4月にかけて収穫・出荷されています。ナバナ(春風)栄養価は非常に高く、β-カロチン、ビタミンB1、C、鉄分、カルシウムがバランスよく含まれています。特にビタミンCは、生のままではホウレンソウの約2倍。ほかにタンパク質、食物繊維なども豊富です。さぬきなは、香川県農業試験場が、野沢菜に広島菜を交配して育成した新しい葉物野菜です。繊維がやわらかくて歯切れが良く、アクが少ないのが特長です。炒め物、和え物など様々な料理が楽しめます。
JA香川県中央地区営農センター:087-847-3901
瀬戸内地方では、古墳時代から塩づくりが盛んでした。やがて塩作りの天才、久米栄左衛門(通賢)が現れ、坂出の海岸が塩づくりに適していると考えた栄左衛門は、文政7(1824)年に塩田と田畑の開墾を計画、3年半の歳月と多くの人手により、現、坂出市街北部に広大な「入り浜式塩田」を完成させたのです。讃岐の塩づくりの歴史を永く後世に伝えています。現在は塩田はありませんが、昔ながらの塩田と同じ製法で再現した天然塩が作られています。
坂出市役所産業課:0877-44-5012
坂出商工会議所:0877-46-2701
郷土料理の「押し抜き寿司」や「カンカン寿司」に欠かせないそら豆は旬は5月。高松市は南北に約36kmありますが、北は平野よりも少し温暖な島々から、南は竜王山(1,059m)や大滝山(946m)に連なる高冷地と、多様な気候条件の土地があります。このような地理的が、高松市の多様な農産物を育んでいます。ソラマメを例にとりますと、平野部よりも少し早く出荷が始まる女木島・男木島、次に田植えシーズンである5月下旬までに出荷のピークを迎える平野部、そしてこれから夏に向けての出荷を担う香川町や塩江町の山間部と、一時に集中しがちな野菜も、長期にわたり味わうことができます。夏に向けては季節の豆類(えんどう豆、インゲン豆等)は香川町や塩江町の山間部が主要な生産地域となります。
JA香川県中央地区営農センター:087-847-3901/p>
冬瓜と書きますが、夏の野菜です。普通の冬瓜は5〜10kg位ありますが、ミニトウガンは1.5〜2kgと小さいのが特徴です。災害方法を、地這いからパイプハウスにネットを張って、棚上げ栽培にし、高齢者や女性が栽培しやすくした事で、栽培が増えています。風通しのよい日の当らない場所に置くと冬まで保存できます。
JA香川県中央地区営農センター:087-847-3901
通年とれるしいたけの中でも、通常サイズより大きく肉厚なのが特徴で、大きいものではかさの直径が10cm以上にもなるものもあります。高松市ではシイやコナラに菌を植え付ける原木シイタケの栽培が中心で、1個250g以上もあるジャンボシイタケ「すてーきくん」。収穫の最盛期は冬場。11月〜5月にかけて収穫されます。一度菌を植え付けると長いもので3年間収穫されます。産地は高松市の山間部。木々の木漏れ日の下で栽培されています。郷土野菜「葉ごぼう」は、葉の軸や根を食用とするユニークな野菜です。葉の軸は軟らかく、軸の下部は白茎で、葉から根まで丸ごと食べられます。食物繊維が多く、鉄分、カルシウムも含まれています。旬は1月〜4月で、春を呼ぶ野菜と言われています。
JA香川県中央地区営農センター:087-847-3901
温州みかんの栽培の中心は高松市北西部の、鬼無、香西、下笠居地区です。五色台の山肌に所狭しとミカンが植えられています。生産量で6000t位になります。明治時代から栽培が始まり、最近では香川県で発見された新品種「小原紅早生」の栽培が増えています。高松市では一年間を通じてミカンが出荷されています。秋から冬にかけては温州ミカン、年明けから春先にかけては正月までに収穫した後貯蔵しながら出荷する貯蔵ミカン夏場はハウスミカンという作付け体系です。温州ミカンは高松市で一番多く栽培されている果樹です。ブドウも高松市内のあちこちで栽培がされています。ブドウの収穫は6月から10月にかけてす。緑のマスカット・オブ・アレキサンドリアは高松市中南部の多肥地区ロザリオビアンコは北西部の鬼無地区、紫の藤稔は中東部の前田地区、ピオーネは各地区で栽培されています。
JA香川県中央地区営農センター:087-847-3901
高松市のイチゴ栽培は、香川県で開発された「らくちんシステム」が導入されています。「らくちんシステム」とは腰の高さに持ち上げた土壌でイチゴを栽培する方法で空中に実がなることから空中栽培として売り出し中です。品種は果形が良く日持ちのする「女峰」と甘みの強い「さちのか」が中心です。イチゴの旬は本来春ですが、ハウス栽培の導入により、11月〜6月にかけて収穫できるようになりました。高松市内のあちこちで栽培されています。特に産地として集中しているのは、北西部の下笠居地区・東部の前田地区です。このあたりは、古くからイチゴの栽培が盛んで、露地栽培のハウスも多く残っています。高松北西部の鬼無地区や下笠居地区では、キウイフルーツの栽培も進んでいます。キウイフルーツの収穫は10月〜11月ですが、店頭に並ぶのは、追熟という行程を経てからになります。
JA香川県中央地区営農センター:087-847-3901
乳用牛・肉用牛・豚・鶏、全てにおいて、飼養頭数・飼養戸数・等が年々増えています。乳用牛は品質の向上に向けて優良系統との交配、県外預託による放牧等の推進、飼料作物の自給等により経営コストを削減し経営の安定と向上。肉用牛は受精卵移植による優良系統牛の生産、人工受精による優良系統牛との交配、優良な繁殖用雌牛の導入を促進し、輸入肉との差別化を。豚・鶏は市西部地区等の山間部で飼養されており、1戸当りの飼養頭数が多いため環境問題に留意した経営を図るなど、様々な努力を重ねて、安心安全と低減へとがんばっています。
JA香川県中央地区営農センター:087-847-3901
高松市役所農林水産課:087-839-2422p>
高松市鬼無地区〜国分寺町端岡地区は、松の盆栽で全国シェアの約八割を占める一大産地。樹形の美しさに加え、水はけのよい砂壌土で育った松は「根腐れしにくく、傷まない」として定評があります。文化年間に、土地の愛好家が、山野に自生する松を掘り、鉢植えに仕立てたのが始まりとされています。その後、盆栽づくりは、農家の副業として周辺一帯に広がりをみせる中で、盆栽を専業とする農家も現れ、今日の隆盛を見るに至りました。松の王者は黒松です。日本を代表する木で、瀬戸内海の沿岸や島々など潮風の強い場所に自生した山採りを最高とします。高松の盆栽の代表格で、突然変異した黒松を、別の黒松に接ぎ木して育てた錦松。また、白雲が去来する高い山岳地帯に自生する五葉松は、古くから日本人に特別に愛されてきた瑞祥の樹です。毎年10月に『きなし植木盆栽まつり』、また毎月3回(5・15・26日)植木市を開催しています。
黒松と赤松が百年以上育つと、中心部分に松脂(まつやに)が蓄積されてゆきます。また、松樹木は百年を過ぎると良質な松脂を含んだ部分が形成され、肥松といいます。特に黒松は昔から高級材として扱われ、肥松を用いたろくろ仕上げの木工品は、江戸時代から作られており、茶人などに愛好されてきました。
高松市役所農林水産課:087-839-2422
高松市役所商工労政課:087-839-2411
高松市を中心に数多くの漆器が生産されていますが、総称して香川漆器と呼んでいます。香川漆器は、江戸時代に高松松平藩の保護のもとで培われた伝統です。香川漆器を語る上で忘れることのできない人が、玉楮象谷(たまかじぞうこく)翁です。 高松城下で刀鞘塗師の子に生まれた象谷は、中国伝来の漆塗技法を研究し、わが国古来の技法を加味して独自の漆技を開発、今日の香川漆器の基礎を築いた人です。現在、香川の漆工芸には「蒟醤,存清,彫漆,後藤塗,象谷塗」など5つの技法が伝承されています。また、香川漆器の一翼を担っているものに、日本間の座卓があります。また、江戸の昔から婚礼家具・生活家具なども、多く製作されています。
10月には香川の漆器伝統工芸士まつりが開催されています。
高松市役所商工労政課:087-839-2411
通風や採光のための彫刻をほどこした欄間彫刻は、日本間の装飾として、寺院・神社・書院造りに始まり、桃山時代から江戸時代中期に至る間に、最も発達した室内装飾です。高松藩主松平頼重公をしたってきた飛騨の木工職人によって伝えられたと言われている欄間彫刻は、白木の美しい木目を利用して、こまやかな細工をほどこし、伝統のもつ風格を感じさせます。同じく、日本建築の室内の間仕切としてなくてはならない障子は、鎌倉時代から作られ始められたと伝えられております。県内では、明治後期まで、障子は箪笥とともに指物(さしもの)店で作られていましたが、今では建具(たてぐ)店で室内の間切りとして作られています。
高松市役所商工労政課:087-839-2411
桶は、古くは檜の薄板を曲げて桜や樺の皮でとじ、底をつけた曲物でした。現在のような細長い板を円筒形に並べてたがめで締め、底板を入れた構造になったのは、室町時代になってからです。讃岐桶樽は、古くから受け継がれてきた生活の器であり、木肌の持つ優しさが、暮らしに安らぎと潤いを与えてくれます。現在も、寿司桶・御櫃・杓などが、多くの人に愛用されています。又、和菓子づくりの菓子木型は、樹齢百年程の桜の木を使います。花とか魚とか四季の風物等をモチーフにして、50本程の彫刻刀で彫っていきます。種類は、練りきりの生菓子の型から、銘菓の焼き物の型と、お茶席を彩る和三盆糖のお干菓子用まで多種あります。
高松市役所商工労政課:087-839-2411
高松和傘は、明治20年、岐阜産の日傘を参考に作られ始め、現在は香川県の伝統的工芸品に指定されています。手先の器用な高松の職人により引き継がれてきた、昔ながらの工程で、一本一本丁寧に仕上げられる高松の和傘は、手作りの深い味わいと洗練されたデザインで、今なお、日本舞踊に使う舞傘や観光土産などとして、根強い人気があります。
讃岐提灯は、弘法大師が中国からその技法を伝承し、香川県で発生したとされ、四国八十八ヶ所の奉納提灯として約10世紀の歴史があると言い伝えられています。讃岐一本掛け提灯は、江戸時代初期に考案された技法で、一本の竹ひごを切らずに提灯を作り、その提灯の内側に提灯がある三重構造の提灯となっています。讃岐提灯の主なものは、祭礼用提灯、歌舞伎提灯。現在も、伝統的な技法により、心なごむ提灯が制作されています。
高松市役所商工労政課:087-839-2411
塩・砂糖・綿は讃岐三白といわれています。その一つの綿を生かし、草木染めで手染めした木綿糸を使ったかがり技法によって作られています。落ち着いた色合いと温かみが特徴。高松市内の鍛冶屋町には、古くから嫁入道具の家具や玩具を作る店が軒を連ね、様々な人形類が作られていました。 高松張子の中でも、有名なのが「ほうこうさん」です。円筒形の張子人形で、おかっぱで赤い着物を着た丸顔の少女の顔が描かれ、そのほのぼのとした素朴な表情が、多くの人々の共感を呼んでいます。嫁入り道具の中に必ず入れられていたのが、高松嫁入人形です。この嫁入人形は,高松の伝統的な郷土玩具として受け継がれています。また、讃岐獅子頭は耳・あご・取っ手などの一部を除いて張り子の手法によって作られています。香川県は、全国でも獅子舞の盛んなところです。
高松市役所商工労政課:087-839-2411
香川県で打出しの技術が始まった江戸時代には、日本の銅の生産高は世界一の約6,000tを誇っていたそうです。瀬戸内の犬島製錬所、直島三菱マテリアル製錬所も銅を大正時代から精錬していた場所の一つです。江戸時代には銅の固まりを打ち出していましたが、現在は銅板を型に切出し、熱を加え柔らかくした所を打出して作ります。高松港から徒歩20分ほどの扇町。高松市中心部では貴重な戦災を逃れた江戸時代からの町屋の建造物群が残っている町です。左官鏝も銅製です。古くは木製や竹製でしたが。高松地域で生産される左官鏝は、地金に島根県産の安来鋼を使用、その品質と使い易さが定評です。主な製品には、上塗鏝・中塗鏝・元首鏝・土間鏝などがあります。
高松市役所商工労政課:087-839-2411
保多織は、江戸時代、元禄2年(1689年)に高松藩主松平頼重公の命を受けた京都の織物師、北川伊兵衛常吉が創案した絹織物で、その技法は藩の秘密とされてきましたが、明治以降は綿織物として市民の間にも広がっていきました。保多織という名は、丈夫なことから、「多年を保つ」という意味で付けられたといわれ、独特の風合を持つその製品は、着物地・シーツ・浴衣地・シャツ・ベストなどとして、多くの人に愛用されています。縦糸の操作で横糸を浮き上がらせる独特の織りで、一般的な平織に比べると凹凸があり、サラッとした肌触りと吸湿性にすぐれています。
讃岐のり染は、もち米で作られた防染のための糊を、筒描きや型紙により紋様状に布地に置き、藍がめにつけたり、刷毛で引染めして染め上げるもので、糊を置いた部分に色が付かないようにすることで模様を染めあげるものです。 江戸時代には高松城下の紺屋町は染物屋が軒を連ね、主に藍染めを中心に生活に密着した様々なもの、野良着や着物が作られていました。その染色の技法は、今に引き継がれています。
高松市役所商工労政課:087-839-2411
讃岐と言うと、讃岐うどんを思い起こしますが、香川県は昔から夏場に雨の少ない土地柄、干害との戦いを繰り返しており、香川用水の整備まで稲作は決して豊かではありませんでした。五代高松藩主・松平頼恭公が財政難を解決するために起こした産業として、讃岐三白といわれる塩・綿花・砂糖の三種の名産があります。温暖な気候風土に育まれた瀬戸内海の魚料理は、数多くあります。
高松市役所商工労政課:087-839-2411
瀬戸内海の春を代表する魚 「鰆」サワラの押し寿司。地域によってはカンカン寿司とも呼ばれる。魚へんに春と書いて鰆、文字どおりさわらは春が旬の魚です。俳句でも、さわらは、春の季語になっています。そら豆の実が入り、麦が熟れはじめると瀬戸の海はさわら漁で賑わいます。酢とさんしょの香が食欲をそそり、配色も美しい押し抜きずしは、郷土色豊かな讃岐の味である。鰆の押し寿司は里帰りした新妻のおみやげとして重箱につめて持たせたと言われています。近年では漁獲量が減り、高級魚となりつつあるサワラ。郷土の魚を守るべく、県内各地で稚魚の放流がおこなわれています。
高松市役所商工労政課:087-839-2411
特産の砂糖を生かした、讃岐の餡餅雑煮は高価であった砂糖を正月くらいは楽しみたいと、雑煮に餡餅を入れて贅沢を味わったといわれています。白味噌をベースにした汁に大根や人参が入り、餡子の入った丸餅が入った雑煮です。餡と白味噌が絶妙にマッチして美味し雑煮です。江戸中期の頃、白砂糖を使ったこの雑煮は大変な高級品でした。この頃のお砂糖は黒砂糖がメインでしたから。
高松市役所商工労政課:087-839-2411
屋島名物「イイダコおでん」、イイダコは屋島にたくさん水揚げされています。戦前から屋島の味として醤油で味付けして煮るイイダコおでんは味がしっかり浸み込んで、ちょっと小腹をうめたり、おつまみにぴったりの屋島の人気郷土料理です。展望台のそばにある茶屋で味わう事ができます。
高松市役所商工労政課:087-839-2411
毎年3月末の土日に、屋島山上で、源平武者行列、那須与一弓射大会、源平史跡ウオーク、源平タートルマラソンなど、800有余年の昔をしのぶ様々なイベントが開かれます。 屋島合戦で戦死した源平両軍の武者たちの霊を慰める源平合同慰霊祭も行われます。 源平合戦の古戦場・屋島の春を彩る源平屋島まつりは、源平屋島合戦八百年祭記念事業として始まった祭りです。
高松市役所観光交流課:087-839-2416
江戸時代から続く「庵治の船祭り」は、旧暦の6月14、15日の満月に近い、金・土曜日に開催。月明かりの中、提灯で明々と照らされた漁船に、御輿やだんじり、獅子が乗り、船団を連ねて海を渡る勇壮な「船渡御」を繰り広げる。祭りの起源は、「初代高松藩主、松平頼重公は1680年ごろ、皇子権現によく来られており、そのころからではないか」と伝えられる。祭りのために前日進水したばかりの漁船を真ん中に、新造船ばかり3隻を並べて、その上に屋台を組み、幟(のぼり)や提灯などを飾り立てた御輿船が、江の浜海岸で御輿が下りて来るのを待つ。港には、御輿船のともをするひき船、太鼓台船、遊覧の小舟なども並んだ。浜では、太鼓台を縦や前後に大きく揺さぶるこの地域独特の暴れだんじりや獅子、子供だんじりなどが元気に暴れ回り、祭りムードを盛り上げる。午後9時。いよいよ約2キロ離れたお旅所を目指して、船団の行列が動き始めた。五剣山や屋島も月光と船団の明かりにともされ、うっすらと姿を輝かす。庵治沖には、約1300発の色とりどりの花火も上がり、真夏の祭典を演出、お旅所で儀式を終えた船団が戻って来る午前二時ごろまで、漁師町の「男の祭り」は続く。この地区には、8月17・18日開催の竹居観音夏祭り、10月上旬開催の住吉神社秋祭り。10月第3土日に開催される千数百年以上の昔から続く桜八幡神社秋まつり。など古くから伝わる祭りがあります。
高松市役所観光交流課:087-839-2416
ひょうげ祭りは、本来は、高松市香川町浅野の高塚山に鎮座する新池神社の祭礼のことだが、一般的には、そのうちの神輿渡御行列のこととして定着している。この祭りは、土地の高低がはなはだしく水不足に悩まされていた浅野地区に水を引くため新池を作った矢延平六の功績をたたえ、偲ぶとともに水の恵みに感謝し、豊作を祝う行事として始められた。江戸時代から伝わる天下の奇祭で、毎年9月の第2日曜日に実施されている。ひょうげるとは、おどけるとか滑稽という意味で、功績のあった平六を藩主が国外追放にした為、農民たちが藩主に抵抗して行った大名行列で、シュロで作った髭、飼料の紙袋などを縫い合わせた袴や陣羽織、サトイモの茎で作った刀を腰に差した侍で編成され、神輿を担ぐ若い衆の顔は、歌舞伎役者まがいの厚化粧、額や頬には大きく丸い紅と顔一杯の隈取、頭には、手ぬぐいを被り身には野良着の着物に細い薬の帯。先頭の鳥帽子代わりのザルを被り、手には飯しゃもじ、足は下駄と草履を片方ずつ履いており、傘持ちは破れた番傘をさしかけ、手振り足ぶり面白おかしく練り歩きます。行列が新池の堤防に到着すると、神職は祝詞をあげ悪魔払いの矢を秋空に向かって放つと同時に、若い衆の担ぐ神輿が水しぶきをあげて池に投げ込まれ、祭りは最高潮に達しフィナーレを向かえる約3時間の祭礼風景です。
高松市役所観光交流課:087-839-2416
昭和39年東京オリンピックが開催された年に、市民の手による画期的なまつりとして「高松まつり」が誕生しました。「高松港まつり」として昭和26年に始まった、海と湊、商工と観光の夏祭りと、戦後2年後に始まった、屋島山上で行われていた「盆踊り大会」が、次第に製大となってきたため、この2つの祭りを1つにまとめてさぬき高松まつり」となったものです。四国4大祭りの一つとして知られていて、高松市の祭りの中で最も賑わいを見せる祭りです。祭りのメインは何といっても、約7000発も打ち上げられる花火大会で、西日本最大とも言われています。その他にも、郷土芸能やパレード、「高松おどり」や「さぬき踊り」などの総おどりなども披露されていて、祭りを盛り上げています。8月中の金土日の3日間、高松市をあげて開催されています。
高松市役所観光交流課:087-839-2416
高松冬まつりは1987年(昭和62年)から毎年12月第3土曜日〜25日のクリスマスシーズンに行われている冬の祭典です。公園など街のあちこちで光のイルミネーションと子供たちなどのイベントが開催されています。
2011年のイベントで和太鼓集団夢幻の会の和太鼓の演奏が披露されました。、『夢幻の会』子供太鼓は、平成15年10月に結成された中学生・小学生・幼稚園児を中心に活動している和太鼓集団です。現在では、各イベントのオープニング演奏・各施設の慰問演奏など地域に根ざした活動を続けています。
高松市役所観光交流課:087-839-2416
高松市街は、城下町特有の一方通行が多い碁盤の目状の中心街。その高松の中心核ともいえる高松市中央商店街は8つの商店街で構成された総延長2.7km(日本一の長さ)の大アーケード街です。小売店や飲食店が約1000店舗(うち一階部分は約700店舗)軒を連ね、一日の通行量は平日が約13万人、休日が約14万人(共に平成23年)となっており、平日・休日共に四国トップクラスの通行量となっている。平日と休日の通行量にあまり差が無いのも特徴である。主に丸亀町周辺には全国チェーンの店や高級品を扱う店鋪が多く、南新町、常磐街などに南進する程に庶民的な店が増えて行く傾向にある。
高松市役所観光交流課:087-839-2416/p>
約1300年前(天平年間)に、行基が開湯し、空海や弘法大師によって万人に広められたと言われています。古くから讃岐の奥座敷として親しまれいます。渓谷沿いに10軒ほどホテルや旅館が並び、小じんまりとした湯治場となっている。源泉は6本あり、単純硫化水素泉、単純硫黄泉で、慢性リウマチ、慢性皮膚病、神経痛、糖尿病、慢性婦人病などに効用があると言われています。塩江温泉郷は自然豊かで、公共浴場「行基の湯」の頂上からは、阿讃の山々・讃岐平野・瀬戸内海を一望することができる。4月には、さくらまつりが開かれ、ソメイヨシノで薄紅色に染まります。6月上旬の土曜日には特設会場で、ホタル祭りを開催。11月にはもみじまつりが開催されます。また、8月下旬の土曜日には、行基菩薩をたたえるとともに、水神様の祭りとして山間のめずらしい花火大会も行われます。地元の若者が運営する「観光物産センターしおのえ」では、寒暖の差が大きく、清流の流れる高地野菜なども販売されています。
塩江温泉観光協会事務局:087-893-9148
松山地区は小原紅早生みかん発祥の地で、昭和47年、瀬戸内海に面した五色連山ふもとの、小原みかん園で見つかった「宮川早生」の枝代わり(突然変異)です。小原紅早生は、平成5年に種苗登録がされた比較的新しい温州みかんです。温州みかんは、制ガン作用の強いクリプトキサンチンが、他の柑橘類より多いことが特徴で、小原紅早生みかんは、さらにこの成分が多いそうです。「小原紅早生みかん」の出荷期間は、11/20〜1/31くらいです。
はまかいどう松山産直店:0877-57-3151
坂出市役所産業課:0877-44-5012
明治41年(1908年)に、三重・香川・鹿児島の3県で、アメリカから輸入した苗木で試作を行い、実を結んだのは小豆島だけで、大正初めには搾油ができるようになりました。県の奨励策もあり、昭和39年には栽培面積が130ヘクタールまで拡大し、昭和42年には県木に指定されました。昭和60年代に34ヘクタールまで減少した栽培面積も、健康志向や国産志向で需要が増え、栽培面積65ヘクタールまで回復しました。2008年には、日本に初めてオリーブが根づいた、100周年を記念して「オリーブ百年祭」が盛大に開催されました。
小豆島町役場オリーブ課:0879-82-7018